東京高等裁判所 昭和56年(行コ)24号 判決 1984年9月25日
控訴人 竹重藤次 ほか二六名
被控訴人 国
代理人 有本恒夫 崇嶋良忠 ほか四名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴人らが当審において追加した新請求を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人らに対し、別紙債権目録の各控訴人に対応する合計欄記載の金員及びこれに対する同目録記載1ないし10の控訴人らについては昭和四九年七月二一日から、同目録記載11ないし27の控訴人らについては昭和五〇年一〇月九日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1~4<略>
(当審における控訴人らの主張)
一 MSTSによる直接雇用と国の責任(安全保護義務違反)
1 米軍に対する役務の提供の形態として、仮に直接雇用が許されるとしても、それは地位協定一二条四項によれば、日本国政府の援助を得て充足されねばならぬものであり、日本国政府はMSTSからの協力要請を受けて全日海との協議のうえ、右条項に基づく条約上の義務の履行としてLST乗組員をMSTSに提供したものであるから、日本国政府の右援助についての責任は免れない。そして、LST乗組員の合衆国軍隊の軍事行動への参加は、私人としての行動ではなく、日本国政府の右援助によつて合衆国軍隊の軍事行動の一部に組織的に組込まれたものであるから、日本国政府の右援助は、憲法前文、九条、一三条に照らし違法である。すなわち、LST乗組員がMSTSに雇用される際に、雇用契約と一体をなすものとして交付されたJMPIによれば、LST乗組員が戦争に参加することを業務の内容としていたことは明らかであり、この事実を知りつつ、あるいは知ろうとしないで、直接雇用への移行に協力してMSTSにLST乗組員の雇用をあつせんした日本国政府は、重大な憲法違反を犯したものであり、安全保護義務に違反する。
2 また、もしも、日本国政府が右援助を行わなかつたというのであれば、援助行為を通して雇用関係に責任を持ち、日本国民であるLST乗組員の安全を保護すべき義務を怠つた不作為について、日本国政府は責任を負うべきである。
3 日本国政府は、ベトナム戦争の状況を外交ルートを通じ十分認識しえたはずであり、戦闘地域へのLST乗組員の出航については、安保条約に基づく日米協議によつてこれを変更させるべき義務を免れないものである。そして、かかる状況を知りながら、あえて旅券を発給した日本国政府の安全保護義務違反は重大である。
二 直接雇用されたことによる損害
控訴人らは、MSTSに直接雇用され、船員法及び船員保険法の適用を受けなかつたために、失業保険金を受けられず、また老齢年金の算出上、MSTS在職中の五年ないし一一年の期間が加算されないことにより、その受給額について生涯にわたり多大な損害を被つたので、右損害を請求原因として追加し、従前の請求額の範囲でその賠償を請求する。
三 所得税徴収の違法性
憲法八四条は租税法律主義の原則を定めるが、同条は同法三一条の適正手続の原則をも包含するものであり、税の徴収の手続の適正とともに、徴収の根拠が憲法その他の法令に照らして適正なものであることが要請される。ところで、日本国政府は、LST乗組員を、日本を基地として極東において軍事作戦行動に従事する合衆国軍隊にその随伴者ないしは労務隊員(戦地にある軍隊の傷者、病者の状態の改善に関するジユネーヴ条約参照)として提供してその直接雇用とし、またLST乗組員に旅券を発行して右のような雇用状態を継続せしめた。このように、みずからの違憲、違法な行為に基づく合衆国軍隊への従属に伴う役務から生じた所得については、国は憲法前文、九条に照らし、所得税を徴収する合法的権限を有せず、それにもかかわらず、あえて控訴人らから所得税を徴収したのは、不法行為か然らずとしても不当利得に該当する。少くとも控訴人らの受けた危険手当、船舶被撃慰労金、碇泊港被撃慰労金、特別区域慰労金等は、労働の対価たる所得ではなく、生命の危険に対する慰謝料の性格を持つ手当であるから、かかる手当を含む収入から無差別に徴税したのは違憲、無効である。
(控訴人らの主張に対する被控訴人の認否)
一 控訴人らの一の主張は争う。
そもそも地位協定一二条四項は間接雇用の形態を予定した規定であつて、直接雇用は、本来的に、日本国の当局の援助を得て充足されるという雇用形態ではないから、直接雇用について右規定にいう援助の不存在を理由に国の不法行為責任が発生する余地はない。また、同様の理由により、本件において直接雇用への移行に際して日本国政府のとつた態度を右規定に基づく援助とみることもできないから、控訴人らの主張は理由がない。
二 控訴人らの二の主張は争う。
MSTSと控訴人ら間の雇用契約は控訴人らの自由意思に基づいて結ばれたものであり、国には全く責任がない。なお、日本国政府が金二〇万円をLST乗組員の退職時に支給したのは、LST乗組員が多年にわたる生活の基盤を失うことにより再就職も容易でないと思慮されたことに鑑み、その生活の安定を図るための特別措置として、昭和四八年六月一五日、右一時給付金を支給することとした閣議決定に基づくものである。
三 控訴人らの三の主張は争う。
所得税の課税対象は経済的現象としての個人の所得であり、およそ税法の見地からは、控訴人らの主張のような形で収入源泉の合法、違法ということが問題となる余地はない。また、控訴人らが主張する危険手当等は、いずれも危険度の高い職務に従事することに対する報酬であるから、本来課税の対象となるべき所得である。
(証拠関係)<略>
理由
一 当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、いずれも失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由については、次のとおり付加、訂正し、なお二、三項として補足するほか、原判決の理由中の説示と同じであるから、これを引用する。
1 原判決五一枚目裏一〇行目の「別紙三経歴一覧表」の次及び同五二枚目表一行目の「別紙四源泉徴収所得税一覧表」の次にそれぞれ「中該当者欄」を加える。
2・3 <略>
4 同五六枚目表五行目の「ことになつたが」を「ことになり、各自雇用契約書に署名した(航海中の者は横浜帰港の直後にした)が」と改める。
5 同六一枚目裏一行目の「いない。」の次に「なお、日本国政府は、昭和四八年六月一五日の閣議決定に基づき、LST乗組員として雇用されていたもので、業務の縮小により余儀なく解雇されたものに対する特別措置として、一定の事由に該当する者に対し、一時給付金として一人につき金二〇万円を支給した。」を加える。
6 同六二枚目表六行目の「憲法九条」を「憲法前文、九条、一三条」と改める。
7 同六四枚目表七行目の「ない。」の次に「(なお、前掲証拠によれば、昭和三六年春頃には、ケネデイ大統領が南ベトナムに特殊部隊、軍事顧問団の派遣を決定したことが認められるが、人数も限られており、当時軍需品の大量輸送が必要な状況にあつたとは認め難い。)」を加える。
8 同六五枚表四行目の「右契約」から同六行目の「主張する。」までを「しかも、右は戦争に参加することを労務の内容とするものであるとして、右契約は、安保条約六条地位協定一二条四項及び憲法前文、九条、一三条に違反し、右契約の締結に関与した日本国政府の行為は右法令等に反し違法であると主張するものと解される。」と改める。
9 同六六枚目表一行目の「また、私人たる」から同裏三行目の「できない。」までを次のとおり改める。
「更に、地位協定一二条四項は、合衆国軍隊の労務の需要は原則として日本国政府を介した間接雇用によつて充足されることを予定した規定といえようが、合衆国軍隊が日本人労働者を直接雇用することを全面的に排除又は禁止する趣旨を含むものではないと解されるし、直接雇用の方式がそれ自体直ちに日本人労働者の生命、身体の安全を害するものともいえない。そして、私人たるLST乗組員がMSTSと直接雇用契約を結び、その指令の下に合衆国軍隊の補給物資の輸送に従事するに至つた行為は、前記のような日本国政府の関与の態様からみて、これをもつて日本国の行為とは同視できないし、また前述した昭和三七年当時の状況からみて、LST乗組員の労務の内容が合衆国軍隊の具体的戦闘行為に直結する軍需品輸送行為であつたとは認められないことからいつても、右労務の需要に応じたことをもつて直ちに日本国が武力行使ないし戦闘行為を行つたものとは到底評しえない。
したがつて、右直接雇用契約をもつて、安保条約、地位協定及び憲法の右各条項に違反するものとはいえないし、同契約の締結に関与した日本国政府の行為をもつて違法と評価することはできない。」
10 同六七枚目表五行目の「できない」の次に
「(もつとも、直接雇用契約三条a(8)に基づきNSTS司令官が制定したJMPIには、危険手当のほか船舶被撃慰労金、碇泊港被撃慰労金等の、危険を予想した規定があるが、昭和三七年当時、右規定の具体的適用が問題となるような状況にあつたことを認めるに足りる証拠はない。)」を加える。
11 同六八枚目裏四行目の「あつたにもかかわらず、」を「あつた(地位協定一二条四項の援助行為としてもこれをなすべき義務があつた。)し、戦闘地域への出航については安保条約に基づく日米協議によりこれを変更させるべきであつたにもかかわらず、」と改め、同六九枚目表一、二行目の「根拠規定があるか」の次に「(前記地位協定一二条四項をもつて右根拠規定と解しえないことは明らかである。)」を加える。
12 同七二枚目表七行目の「対象船員とすべき」の次に「であつたというのは、立法論としても無理な注文であり、まして政府が」を加える。
13 同七四枚目裏二行目の「いうべきである。」の次に「出入国にあたつての身分証明方法がそれまでの船員手帳による方式から旅券方式に切替えられた経緯は右に判示したとおりであり、LST乗組員の行動範囲にその前後で変更を生じたわけでもないから、日本国政府がMSTSの作戦行動に加担する目的からLST乗組員の出入国に関し特別扱いとして旅券を発給したという主張の当らないことはいうまでもない。」を加える。
14 同八一枚目裏一〇行目の次に、次のとおり加える。
「更に控訴人らは、日本国政府がLST乗組員を軍事作戦行動に従事する合衆国軍隊に提供してその直接雇用とし、旅券を発行してこれを継続せしめた行為は違憲、違法であるから、憲法九条等に照らし、国はLST乗組員に対し課税する権限はなく、また、少くとも控訴人らの受けた危険手当等に対して課税することはできない旨主張するが、日本国政府の直接雇用契約への関与や旅券発給等の行為が直ちに違法とはいえないことは前示のとおりであり、また、控訴人ら主張の危険手当等は心身に加えられた損害に対する慰謝料ではなく、危険度の高い職務に従事することに対する報酬であると認められるから、右主張も理由がなく、採用することができない。」
二 これを要するに、国の安全保護義務違反をいう控訴人らの主張は、第一次的には、日本国政府に、LST乗組員をしてMSTSと直接契約するのやむなきに至らしめた違法行為があつたことを前提に、そうである以上、雇用形態の変更にかかわりなく、日本国政府が右乗組員を直接雇用していたときと同様の、特別な関係を前提とした安全保護義務が国にあると認められるべきであるとするものと解されるが、右乗組員がMSTSと直接雇用契約を締結するに至つた経緯は前示のとおりであり、そのことに受動的に関係したにとどまる日本国政府の対応をもつて違法とはなしがたく、政府が無理やり直接雇用に移行せしめたとか、右乗組員や合衆国軍隊の軍事行動の一部に組織的に組込んだという主張の採りえないことは明らかである。したがつて、MSTSと任意に直接雇用契約を結んだものというべきLST乗組員に対して国の負うべき安全保護義務は、国がすべての国民に対して負う、その生命、身体、財産の安全について配慮すべき一般的な安全保護義務と本質的に異なるものではないというべきであり、これを、その違反に対して損害賠償の責任を問いうる実定法上の義務となしうるためには、前示(原判決六九枚目裏七行目から同七〇枚目表五行目までのように、条理上これを相当とする事由が認められることを要するものといわざるをえないのである。
南ベトナムにおける戦火が激化した時期に日本人の乗組んだLSTが合衆国軍隊のために軍需品の輸送に従事したという事実を前にして、日本国政府がとるべきであつた対応については、憲法や安保条約の精神と関連してさまざまな意見のありうることは当然であろう。しかし、本件で問題とされるべきは、みずから任意にMSTSとの間にLST乗組員として雇用契約を結び(控訴人らはその契約が自由意思によることを否定するが、その主張の認められないことは前示のとおり。ある程度の危険は当然に承知したうえで、同方面海域における輸送の役務に長年月にわたつて(原判決別紙三経歴一覧表中該当者欄記載のとおり。おおむね一〇年前後に及び、ほとんどが戦乱終結に伴う人員整理時まで在職している。)従事し続けた控訴人らが、みずから危険を避けるために雇用契約を終了させる途は択ばず、負傷その他不測の損害を現実に受けたわけではないのに、国の安全保護義務を云々し、その間危険にさらされたことにより損害を被つたとして、国にその賠償を求めることについての相当性の有無なのである。控訴人らは具体的に国に対していかなる措置を要請し、その措置がとられればいかなる損害が回避しえたはずであるというのであろうか。LSTの運行を直接規制する権限を有しない日本国政府が乗組員の安全を確保するためにとりうる措置は、外交上の措置に限られ(政府が外交上の措置をとらなかつたわけではないことは、<証拠略>よつて窺われる。)、乗組員の安全確保は右折衝の成果とMSTS司令官の臨機の裁量判断に侯つほかはないが、戦乱が拡大激化すればするほど、危険回避のうえで必ずしも万全を期しうる状況を期待しがたくなることは当然である。もとより、日本人の乗組むLSTを南ベトナム海域へ一切出航させないことができれば危険回避という点では最善というべきこと前示のとおりであるが、一方で控訴人らの雇用関係は維持しつつ(この点は控訴人らにとつて不可欠の前提であろう。でなければ、職を辞することにより万事解決する。)、他方でMSTS側が特にそれを必要とする時期に右のように出航を回避しようとすることは、諸般の事情上(<証拠略>によれば、控訴人らは右契約において、世界のいかなる港・地域へ向かうLSTへの配乗にも従うことを約している。)、到底期待しがたいところであり、控訴人らにおいても真実それを期待していたとは認められないのである。国の安全保護義務違反をいう控訴人らの損害賠償請求は、所詮これを認容するに由ないこと明らかであるといわざるをえない。
(なお、控訴人らの論旨に右のような無理のあることは、旅券発給の点にもみられる。すなわち、日本国政府が南ベトナムを渡航先の一つとして記載した控訴人らの旅券の請求を拒否することによつて控訴人らが同方面に向かつて出航することができないようにしてくれさえすれば、控訴人らは危険に遭遇する難から免かれ、それでもなお雇用契約上の地位は保持しえたものと期待することが無理であることは、前同様であり、控訴人らの職業選択の自由及びそれに伴う出国の自由との牴触を顧慮することなしに出航を妨げることのみを期待しうる状況にはなかつたのである。ここでも、控訴人らに対する損害賠償義務の存否と、一般的な政治責任論との混淆がある。)
控訴人らの中には、前記経歴一覧表によつて明らかなように、直接雇用への移行前からの乗組員ではなく、昭和四〇年頃になつて新たに採用されたものも含まれており、これらの者については、直接雇用への移行時における日本国政府の対応の当否を問題とする余地はない。それらの者の多くが、政府の船員職業紹介事業によつて雇用のあつせんを受けたであろうことは推認するに難くないが、控訴人らは、右あつせんを受けた者を特定してあつせん行為自体のその時点における違法を論じ、あつせんがなければ雇用に応じてLST乗組員になることは避けられたと主張するものではなく、他の控訴人らと一律に、みずから締結した雇用関係の維持は前提としつつ、国の安全保護義務違反を主張しているものと解される。その主張の採用しえざることは、他の控訴人らについてと同様である。
三 控訴人らは、LST乗組員としてMSTSに直接雇用されていた期間、船員法及び船員保険法の適用を受けられなかつたために失業保険金及び老齢年金の受給について損害を被つたとして、当審においてこれを請求原因として追加すると主張する。その趣旨は、原審においてした国の安全保護義務違反を理由とする慰謝料の請求(前記主張も、慰謝料算定の根拠となるべき事情としては、原審でもなされているが。)が認容されない場合には、予備的に、右財産上の不利益を独立の損害として、その賠償を求めるというにあるものと解されるから、当審における予備的新請求が追加されたものとみるのが相当である。
しかしながら、LST乗組員に対して船員法、船員保険法が適用されるように船員法施行規則を改正するかどうかは、日本国政府に委ねられた立法裁量権の範囲内の問題であつて、控訴人ら主張のような規則の改正をなすべき実定法上の作為義務を負つていたものと解することのできないことは、前判示のとおりであるから、MSTSと直接雇用契約を結んだ控訴人らが、法律上その主張するような点で不利益を受ける結果となつたとしても、これを日本国政府の違法な作為義務違反によつてもたらされた損害として、その賠償を求める請求は、理由がない。
四 以上の次第で、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないので棄却すべきであり、控訴人らの請求を排斥した原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、なお、当審における新請求もこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 横山長 野崎幸雄 浅野正樹)
別紙債権目録 <略>